オーバーホールを頼むにあたって、時計屋を探すことから始まった。購入した大手のチェーン店に頼むことは簡単なことだが、そのお店では受付をするだけで、実際の作業は別のところで行われる。オーバーホール自体はきちんとやってもらえるのだろうが、いまいち味気ない。そこで、今回は町の時計屋に頼むことにした。
その時計屋は、近所の商店街にある時計屋だ。小さなその店のショーウインドーには、時計とメガネと、なんと宝石までもが並んでいる。昭和の香りがする。一体誰がここで宝石を買うのだろうか。色々な意味で店に入るのには勇気がいる店構えだった。ほんの少し勇気を出して店にはいると、そこには1人の老いた店主がいた。その瞬間、ボクは、「この店で正解だ!」と思った。眼光が鋭くいかにも腕利き職人という感じの店主だった。店主は拡大鏡を右目につけてボクの時計を調べ始めた。そして、年季が入った顕微鏡に時計を載せて、「ここを見てごらん。ここが時計の命なんだ。ここの油が切れると、時計はちゃんと動かない。人間と同じなんだよ。」素人のボクにもきちんとした説明をしてくれる。こういったやりとりがあってこそ、信頼して預けることができるというものだ。1週間後の受け取りを楽しみにしながら店を後にした。
1週間後。ボクはワクワクしながらお店に向かった。お店にはいると例の店主が古い柱時計を分解している最中だった。名前を告げると店の奥からオーバーホールされた時計を持ってきてくれた。そして、また顕微鏡に載せて時計の心臓部を見せてくれた。1週間前には油切れで苦しそうに動いていたのが、ウソのようにスムーズに動いていた。まさに、水を得た魚、いや、油を得た腕時計だ。「2日間、腕に付けてみたけれど、2日で+10秒の誤差だね。」店主はそう言って時計を渡してくれた。なんと、新品の時よりも精度が上がっている!!新しく時計を買うとき以上にうれしい気持ちになった。単に分解掃除をするだけではなく、実際に2日間も腕に付けて精度の確認までしてくれていたのだ。
今回のオーバーホールを通じて色々な経験ができた。今までは通り過ぎるだけだったお店に入ることもできたし、腕の確かな職人が丁寧にオーバーホールしてくれた喜びを得ることもできた。さらに、完成を待つ数日間のワクワク感も与えてもらった。歯車だけでなく、様々な気持ちが一杯に詰まって生まれかわったその時計は、ボクの左腕で今日もなめらかに時を進めている。
松前 和則