ブルームコンセプトの小山さんとの出会いは、小山さんの著書である『ビジネスモデル・ジェネレーション』がベストセラーになった頃のこと。当時、弊社人事部にいた私は小山さんにイノベーションを目的とした研修をお願いした。研修は数か月の間に数回行う比較的長丁場なものであった。その企画や実施に当たり、いろいろなお話をする中で、小山さんの見識の深さや人柄に触れ、ぜひいつか違う仕事もご一緒したい、と思っていた。あれから5年がたち、久しぶりにお会いした小山さんは以前と変わらず、優しい物腰でいながらしっかりした軸を持っておられる方だった。今回は、弊所研究員の三戸とともに目黒にある小山さんのオフィスでお話を伺った。
稲垣 こちらは私どもが2016年に行った住宅に関する調査の結果ですが、住宅に対する不満として、「狭さ」「暑さ・寒さ」とともに、どの部屋でも「収納の少なさ」が上位に挙げられています。どこの部屋に関しても、2割から3割の人が「収納が少ない」と不満に思っているんですね。
小山さんは『片付けHACS』など、片付けに関する著書もお持ちの"ライフハック"の専門家でもいらっしゃいますが、そんな小山さんからみて、こうした課題をどのように捉えられますか。
シェアか、所有か。その先にあるものは...
小山 居住スペースが限られていて、そこにいかにうまく収納していくかというような「収納上手」の流れは昔からあります。一方で、モノがあまりごちゃごちゃ多くなくて、少ないほうがいいという断捨離の話や、最近ではシェアリングエコノミー(=物・サービス・場所などを、多くの人と共有・交換して利用する社会的な仕組み。例えば、カーシェアリングなど)の話が加わってきています。
例えば、季節モノのクリスマスツリーは、できれば大きいのをバンと飾って子どもたちを喜ばせたいと思う一方で、クリスマスの1~2週間だけ使って、あとはずっと収納しておくというのは、都心の多くの住宅ではもう無理です。IKEAでは、買って使い終わったら返却するというクリスマスツリー用のもみの木を販売しているのですが、使うときだけ使って、使い終わったら返すというスタイルが、どんどん進んでいくと思っています。形態としてはもはやレンタルに近いものがあります。
稲垣 合理的に考えると、今、小山さんが言ったとおりだと思うんです。それに対応するサービスもどんどん進んで、借りるのも簡単になり、安くもなってきている。今後そういった流れがますます進んでいくとは思う一方で、「一時期しか使わないけれども、でも自分たちのモノとして所有していたい」といった心理もあると思うのですが、そのあたりのバランスはどう考えればよいでしょうか。
小山 やっぱり所有はしたいと思う人も多いと思います。借りモノというと、何かよそのモノみたいに思ってしまう。けれども家に寝かしておくのはもったいない。そのジレンマを解決したのがメルカリのようなCtoCの売買サービスだと思います。所有しておいて、使わなくなったらすぐに売ってしまう。そうやって、小物から家具まですぐ売っています。モノの動きの実態としてはレンタルやシェアリングサービスとよく似ているんですけれども、実際の売買を通じて所有権が移動している。CtoCの売買によって、「借りモノは嫌だ。自分のモノを使いたい」といった心理にも対応しているわけです。
三戸 シェアとかレンタルだけでなく、広義のリサイクルも含めて、人の心理・欲求とモノの効率的な使用をバランスよく進める仕組みを生み出していくことが、真のシェアリングエコノミーにつながるということですね。
冷凍・冷蔵機能付きの大きな宅配ボックスがあるマンションがいい
小山 僕がマンションディベロッパーになってマンションを造るとなったら、宅配ボックスは少なくとも今の3倍ぐらいにします。今の宅配ボックスは、すぐに満杯になるんです。それで、宅配業者さんからのメモで「宅配ボックスがいっぱいだったので持ち帰りました」とか。つまり数があまりにも少なすぎるんです。
あとは冷凍・冷蔵の機能をつけますね。いわゆるネットスーパー対応のものがでていますけれども、
集合住宅の全員が共有するスマート冷蔵庫のようなものがでてくると、冷蔵保管の概念が根本的に変わってくるんじゃないかなと思ってます。
宅配ボックスはすでに、ある程度個人を認証し、セキュリティーもちゃんとしている。そういう仕組みがどんどん発展して、シェアリングエコノミーのキーデバイスになっていくんじゃないかと思います。
稲垣 レンタルとか、モノを買ったり売ったりということが、リアルタイムとまではいかないまでも、ある程度時間の制約のない中でできるようになってくる中で、単身者や、共働き世帯のように家に誰もいない時間帯が多いことを考えると、そこをつなぐものを何か考えておかないといけなくて、そこで小山さんが提唱する大きな宅配ボックスが活きてくるということですね。
小山 宅配ボックスは本当にもっと使い勝手がよくなってくるだろうと思うんです。
稲垣 住設メーカーの方も、その辺のところはお客さまからのニーズもでてきているし、今後彼らが推進しようとしているIoTビジネスの中でもすごく活きてくるので、親和性があると言っていました。
小山 本当にそうですよね。ただ、今のところ、「冷凍・冷蔵機能付きの大きな宅配ボックス」を特別にうたっても、消費者にどれだけインパクトがあるかはあんまり...。この宅配ボックスのありがたみは住んでみて分かることなので、なかなか販売時のセールストークにはなりにくいですよね。
三戸 そうですよね。ただ単に、「宅配ボックスがいっぱいあります」と言われても、価値がよく分からないですよね。住宅を買う方に、住んだ後の暮らし方をいかに想像できるように伝えられるかが、企業側としては重要になってくるということでしょうか。
専有部に欲しいものと共用部に欲しいもの。個人でいたい気持ちとつながりたい想い。
稲垣 都心の住宅の限られた床面積の中で、何を専有部におき、何を共用部に持ってくるか、は重要な問題ですが、なかなか画一的な答えは出せません。例えば、シェアハウスが流行っているといいますが、私たちが調査したところでは、実際住んでみたいという意向を持っている人は平均でだいたい6%、最も高い20代女性で17%ほどと、そのニーズはかなり少なかったりします。
小山 シェアハウスのニーズは、めちゃめちゃ少ないでしょうね。
稲垣 人々のニーズが多様化する中で、求めるシェアの範囲も様々なので、そこをしっかり捉えていく必要があります。いずれにしても、様々な制約がある都市生活の中で、今後、ある程度のシェアは避けることができないという側面もあります。そこのところはどうバランスを図っていけばよいのでしょうか。
小山 結局、歴史的に見れば、近代化というのは、人間を社会から切り離して、個人が個人として意思決定できるように進んできました。もう分割できないという意味でのインディビデュアルを確立していったのが近代化です。マンションなどは、個人にどんどん細分化されて、個人が意思決定して何でも好きなことができるという、近代化の極致みたいなところがあります。区画は自分のものです。また、車も近代化による個人の意思決定を支えています。自分たちで意思決定をしたら、どこでも好きなところに行く。こういう自由というのがいわば近代化で、今これが行き着くところまできました。
そうしたときに、でもやっぱり地域のつながりとか人のつながりみたいなことが、ちょっと恋しいわけです。そうするとせっかく「個人」になったのに、わざわざまた人を呼んできて、そこで飲んで、パーティーをやるようになってきたりする。マンションに住んでいる人は、結構パーティーやりたがりの人がいるんです(笑)。
三戸 確かにパーティースペースみたいなものが、用意されていますよね。自宅に呼ぶのは少しハードルが高いので、共用部の中に住民専用のパーティースペースがあって、そこにみんなで集まるというか。
小山 ママ友とかのつながりを持っていると、そういう感じで、ちょっとご飯を持ち寄って食べたり、ってなるんですよね。うちは先週末の土曜も日曜もそうでした。今週末もです。それで、何でこんなに人をいっぱい呼ぶんだろうと思って。でもそれはもしかしたら、どんどん「個人」になっていくと、逆にそういうつながりが欲しくなってきて、人が集う瞬間とか、場面がやっぱり欲しくなってくるのかもしれません。人と共有できる時間みたいなものは、人の行動の動機になるんじゃないかなという気がしています。
外と内の縁側的な場所が大切
その他、住宅全般について要望を伺ったところ、小山さんから「マンションのパーキングスペースの余りをカーシェアリングのパーキングロットに転用できるような配慮が欲しい」というお話が出た。
小山さんのご自宅マンションには機械式の駐車場が3つあるそうで、そのうち、1つがまるまる空いているという。「そもそも造らなければよかったのでは」「メンテナンス費用がもったいないので閉鎖してはどうか」という意見が出る中で、「閉鎖はもったいなのでカーシェアリングに利用しては」という提案が上がったものの、結局、カーシェアリングは外の人が入ってきても使うからセキュリティの問題でダメ、ということになってしまったそうである。
小山 マンションをセキュリティー万全にして隔絶すればするほど、そういう「ちょっと」がすごく使いづらくなっていきます。だから実は造るときに、他人を絶対に入れないセキュアな部分だけでなく、外の人も許容するようないわば縁側的な場所も組み込んでおくべきだと思っています。そうすれば、マンションのパーキングロットの一部を縁側にして、カーシェアリングサービス用途にも使える。宅配ボックスもまた、そうした縁側的な領域です。そういうのをどんどん増やしていくと、いろんなサービスとつながっていけるはずです。
特にマンションは、今後何十年と住むとなれば、これから先のサービスの進化とか進歩を、ある程度想定して対応していくことになる。するとやはり、他のサービスとつながっていける部分(ウェブでいうところのAPIのような部分)も含めて設計しておく必要があるんじゃないでしょうか。
稲垣 今のはすごく奥が深い話ですよね。マンションディベロッパーの方も、お客さまの声などからマーケティングを行って、今の形態のマンションを提供しているんですけれど、実際に使ってみると小山さんのご自宅のようなことが起きてしまう。十年、何十年と経っていく中で、環境も変わって、サービスや使えるもの、設備が変わっていくから、セキュリティを考えて、外と内を分断できるようにしておくということは、すごく重要なアイデアだと思いました。
三戸 すごくいいなと思いました。私のマンションもやっぱり駐車場が空いている所があるんですけど、そこを使いますかという案内を出してもなかなか埋まらないんです。でも、その分の管理費はかかるので、どんどん管理費の負担が増えていってしまうんですよね。そうすると何か、車を持っている人だけに管理費を負担させればいいみたいな声とかも出てきてしまって。
小山 そうそう。ぎくしゃくしますよね。
三戸 駐車スペースの部分は外部にも解放できるスペースとして造るというのは、すごくいいですね。宅配ボックスのお話も、生協の宅配の場合は宅配ボックスに入れずに、玄関先まで持ってくるんですけれども、共働きだと不在で受け取れないことも少なくなくて。そういうときは玄関先に置いて行ってくれるんですけど、セキュリティの問題などからやめるべきという話になったりするんですよね。宅配ボックスみたいな、外と内側の境界みたいな所があるとすごくいいなと思います。
『あなたとずっと 今日よりもっと』
稲垣 私どものコーポレートメッセージは『あなたとずっと 今日よりもっと』というものです。今まで続けてきたよいものは継承していくとともに、それ以上のものを生み出していきたいという意味です。小山さんにとっての『ずっと』『もっと』をお聞かせいただけますか。
小山 日本遺産という文化庁のプロジェクトにかかわったり、東日本大震災後に石巻を中心にボランティアで活動したことなど、「地域からどう日本をよくしていくか」ということを、これからも『ずっと』続けていきたいです。国の言っていることを実際に動かしてきたのは、地域の現場の人たちです。どうやって地域の人たちと一緒に、日本という国をよりよくしていくか考えていきたいと思っています。
また、日本の近代化の行き着く先が東京一極集中というのは、合理的な結論なのですが、一方で、大地震が起こったら一発で全部駄目になるんじゃないか。効率を追求しすぎて、非常に大変なリスクを負っているように感じます。ネットワークシステムでもそうですが、リスクを回避するには一定の冗長性が必要なんです。東京が機能不全に陥っても、ほかで代替できる方が国というシステムとしては強靭なのです。そう考えると、いろんな地域が多様性を持って繁栄していくというモデルのほうがいい。そういうこともあり、今、一極集中から地域分散という、揺り戻しが起きていると思います。その揺り戻しの中で、単純に昔に戻るわけじゃなくて、バージョンアップした多様な地域をどう創っていくかということが、僕の中では『ずっと』やっていかないといけないかなと思っています。
『もっと』ということでいうと、そうやってバージョンアップしていくときに、ICT・ITを使って地方の暮らしもバージョンアップしていくことでしょうか。例えば、ドローンでモノを輸送するようになると、人件費が抑えられるし、地方でもモノを送ったり送られたりするのが非常に楽になります。意外とドローンを自由に飛ばせる地方のほうが、快適な生活ができる可能性もあるんです。そういうところを考えていくと、実はテクノロジーによってどんどん暮らしが変わっていく可能性というのは、何もない地方のほうが大きい。例えば、発展途上国で電話を導入するときに、有線だとコストがかかるからといって、最初に携帯がはいったわけです。アフリカとかもそうですね。あんな感じのことが結構起こるんじゃないかと思っています。
三戸 テクノロジーによって生活場所や生活スタイルが大きく変わっていくというのは、非常に説得力があり、今後外せない視点ですね。
東京ガスには、人々の様々な漠然とした「不安」を取り除くことを期待
稲垣 私どもはその名の通り、都市ガスを、最近では電気も売り始めたエネルギー会社です。エネルギーは空気みたいな存在で、具体的なイメージがわかない、東京ガスが何をやっているか何となくわかるようでわかなない、とよく言われます。そうした中で、エネルギー会社に期待することは何ですか。
小山 人の活力や社会の勢いといった、広い意味での"エネルギー"をどうモチベートするかというのかということが、東京ガスさんには求められているんだと思います。その下支えになるのが、化石燃料や自然エネルギーなどの動力資源という意味での"エネルギー"供給です。
今までは、もっとモノを持ちたいという所有欲がモチベーションの源泉でした。でもこれからは、もっとよりよい生き方とか、より豊かな体験ができるとか、そういった方向のスイッチを押してあげて、その結果、社会もさらによくなるというモチベーションの刺激の仕方が必要です。そういう意味ではエネルギー会社はインフラ事業として、人々のよりよい生き方のためのモチベーションのボタンをうまく押して欲しいです。
シェアリングエコノミーとか、新しい概念が出てくると、人というのは、どうしても"怖い"というか、"リスク"を感じます。そういった"不安"をなるべく減らしていってほしいです。そういうのは、新興の企業がやるよりも、やはりしっかりとした歴史があり安心感のあるインフラ会社がやったほうが、信頼がありますよね。そういった意味で、人々からは生活の基盤をより良くしていくところで何かやって欲しい、すごく期待されている感じがします。
稲垣 今、小山さんが言ってくださったところは、弊社のお客さまの声からもすごく感じています。今年、それから一昨年と、エネルギー、電力・ガスの自由化が始まって、お客さまは漠然とした"不安"を感じている方が多いので、それをクリアにできるような情報や商品・サービスをご提供することが私ども使命だと思っています。
三戸 エネルギー会社である弊社と関係の深い、住宅メーカーの方とかマンションディベロッパーの方に何か期待することとか、こんなことをやってもらえるといいなというところがあればぜひ教えていただけますか。
小山 これは結構昔の話になるんですけれども、アレグザンダーという人がパタン・ランゲージという、みんなで造る住宅、みんなで造る都市という構想をしました。建築や都市設計の言語(ランゲージ)を共有することで、参加型で住宅や都市を作っていこうという運動です。そのとき、アレグザンダーは、「徐々に造っていくことが重要だ」と言ったんです。一気に全部造るんじゃなくて、余白を残す。何を造っていこうかと考えたときに、一気に完成させるんじゃなくて、徐々に完成させると。
その「徐々に完成させる」ということは、結構いろんなところにも応用が利くと思うんです。例えばカフェを造るときも、カフェオーナーのある人は7割ぐらいの完成度でオープンして、残りの3割は従業員と一緒に完成させていくんだと言っています。ビジネスも同じで、いきなり完成させると大体失敗してしまうから徐々に拡大していく。Amazonも、最初は本屋さんでしたけど、今や巨大に成長しました。本当に、生物のように、徐々に大きくなっていくわけです。
徐々に完成させるという概念が、今の集合住宅にはあまりないんだと思います。落成時には全て完成しています。できれば住民たちの関与がもっとある形にして、どこかの部分はある種余白として、住民たちの手で完成させていくようなことをしていくといいんじゃないでしょうか。今後さまざまなシェアリングサービスが出てきたとき、先ほど言ったような、セキュリティーを万全に囲って完成させてしまうことが、マンションの将来価値を低くしていってしまうかもしれない。完全に完成されておらず、住民が徐々に完成に近づけているマンションのほうが、長くその価値を維持できるのではないかと考えています。特にライフスタイルがどんどん変わっていく時代には、そういう余白のある集合住宅の造り方みたいなことも必要なのかなと思います。
稲垣、三戸 貴重なご意見ありがとうございます。よい良い暮らしづくりのために役立てます。
小山さんの事務所のあるデザイナーズマンションをでると、さわやかな青空が広がっており、店先のキキョウが愉しげに揺れていた。その青を眺めていると、何か清々しい気持ちになり、私も「ライフハック」を実践し、大切な家族や仲間とともに人生のクオリティを高めたいと思った。
株式会社ブルームコンセプト 代表取締役 小山龍介(こやまりゅうすけ)氏
1975年福岡県生まれ。AB型。京都大学文学部哲学科美学美術史卒業。大手広告代理店勤務を経て、サンダーバード国際経営大学院でMBAを取得。卒業後、松竹株式会社新規事業プロデューサーとして歌舞伎をテーマに新規事業を立ち上げた。2010年、株式会社ブルームコンセプトを設立し、現職。「時間をうみだす移住雑貨®」ニライカナイ自由が丘 店主。名古屋商科大学大学院 准教授。一般社団法人ビジネスモデルイノベーション協会 代表理事。著書に『IDEA HACKS!』『TIME HACKS!』『片づけHACKS!』(東洋経済新報社)などのハックシリーズ、訳書に『ビジネスモデル・ジェネレーション』(翔泳社)等がある。