私たちの命の源である「食」。その在り方があらためて問われつつあるなか、「食育」に取り組む活動が活発化してきている。東京ガスも、家庭の台所の火を預かる企業として、環境教育の視点を取り入れた食育活動に長年力を入れてきた。その一環として展開している農業収穫体験「VegeBaco」でのコラボレーションで東京ガスとつながりのあるベジリンクの塚田さん、富松さんに、弊所研究員の三戸とともに、今回はお話を伺った。お二人は、土・自然・野菜・農家と「触れる」体験を通じて、食べる側と生産者の思いがつながる関係づくりに全力で取り組んでいる。
今食べられることは「当たり前」ではない
稲垣 早速ですが、お二人がどうしてベジリンクを始められたのかをお聞かせいただけますか?
富松 私も塚田も東京の渋谷や池袋という、農地とか野菜の生産に遠いところで生まれ育った人間です。26才の時に二人で消費者と生産者を繋ぐことをコンセプトにした会社『ベジリンク』を立ち上げたのですが、当時畑に行って初めて気がついたんですよね。食べものがお店で24時間買えてしまう世の中が「当たり前」ではないことに。見えないところで作っている方がいる。そこにはどんな想いが込められているのだろうかと。そして、なんとかして子供たちに野菜とか農業という、日本を支える大事な一次産業を身近に感じられるような社会を作りたい。そう思ったのが起業のきっかけです。
三戸 今、スーパーなどで「生産者はこの方です」といった表示がよく見られますけれども、御社では「『顔が見える』のその先へ」というキャッチフレーズのもと、生産者の顔が見えるだけではない、もう一歩先を見すえた取り組みをされていますね。
富松 写真が貼ってあると安心できる気にはなりますが、実際には本当にその人が作ったの?ということすらわからないのが実情です。そこで私たちがやりたいことは、生産者のところに実際に足を運んで交流をしたり、日々きちんとつながる形が取れるようにすること。「この人の野菜だったら安心だし食べたい」と思ってもらえるような体験の仕組みをつくっていくことなんです。
塚田 私たち自身、小さい頃に親戚の実家で畑体験をした記憶や感覚が今でも残っています。夏、川でトマトを冷やして食べたとか、土や野菜に触れたことを、大人になっても思い出し、そこに心の安らぎを感じるんですね。お客さまに対してはそういった「場」を作りたい。そして、台風などがあった時に「いつも野菜を作ってくれる農家さん、大丈夫かな」とか「この人が食べてくれるからもっと農業頑張ろう」というように、お互いが思いやりを持てる関係性を深めていきたいなと思っています。
野菜の体験と交流で子供たちをはぐくむ「触育」
稲垣 御社は保育園に対して給食用の食材を納品するサービスを手掛けていらっしゃいますが、食材を届けるだけでなく、出前授業や収穫体験など食育=「触育」もセットで提供されているそうですね。
富松 はい。ウチは独自の流通でこだわりの野菜を集めて、それを保育園に提供できる仕組み作りをしてきました。あわせて、各保育園に農家さんを担当という形でつけ、「農家さんが今こんなことをしてるよ」と伝える農家通信もお届けしています。保育園のお子さんはそれを見て、「このおじいちゃんのニンジンが給食に使われているんだね」と知りながら日々給食を食べて、さらに畑に行ったり農家さんが園に来てくれたりと交流することで、食事と体験をつなげてゆく。そんな活動をさせていただいています。
私自身、保育園に食育の授業をしに行っているのですが、その時に農家さん宛のお手紙をいただくこともあります。これはモノを届けるだけでは起こらない現象だと思いますね。最近流行っている「コト体験」ではないですが、交流したうえで生まれる関係性があるからこそ、起きるものなのかなと思います。
三戸 自分が採ったり関わったものだったら子供たちは食べられる、というような話はよくありますよね。
塚田 実際、アンケートもとっていて、食べ残しが減ったとか、好き嫌いがなくなったというデータもあります。
富松 子供たちが体験したものをどう覚えていられるようにするか、というところが大事で、そのために僕らは、例えばニンジンでもいろんな種類を保育園に持って行って、「葉っぱはここから出るんだよ」とか、切って中の色を見せたりしています。実際に触れることによって野菜に興味がわく、食べている野菜と畑がリンクする、といったところで想像の幅が広がっていく、ということなのかなと思います。
共働き世代にとって家庭の「食」は大きな課題
稲垣 都市生活研究所でアンケートを取っていて、例えば、「子供の生きる力を育てるためにどんなことが必要ですか」という問いには収穫体験や家事を含めて「食」に関する回答が多く出ています。東京ガスでは親子調理ができたらいいのではないかと思っているのですが、一方で、共働きの家庭で親子調理をするのはなかなか難しい現実もあります。ですから、お子さんたちが多くの時間を過ごす保育園で食育をサポートされているというのはすごくいいことだと思います。
富松 実際、共働きのご家庭が多く、子供たちに「昨日なに食べた?」と聞くとコンビニの惣菜だったりするケースが多いです。そういうなかで、保育園に委ねられている部分も大きいなと感じています。子供の成長を支えるというところでも、食育は大きなポイントになるのではないかなと思います。
三戸 そこはすごく耳が痛いですね(笑)。私も共働きですが、正直、家での時間が限られる中でお料理に時間があまりかけられないので、保育園でちゃんと食べてくれて、家庭の味もそうですし食材のことまで教えていただければ、そんなありがたいことはないなと思います。
図 子供の「生きる力」を育てるために重要だと思うこと
生活分野別定点調査2015<食・時間>
農業収穫体験「VegeBaco(ベジバコ)」で東京ガスとコラボ
稲垣 弊社でも色々な食に対する取り組みをやっていて、お二人のお話を聞いているとすごく「想い」が近しいなと思いますが、最近一緒にやらせていただいているVegeBaco(ベジバコ)では、どういう展開を考えていらっしゃるのでしょうか?
富松 VegeBacoは、「想いを知るともっとおいしい」をコンセプトに、関東近郊の農家さん、東京ガスさん、ベジリンクで企画している取り組みです。農家さんのこだわりや想いを聞きながら農家さんと一緒に収穫体験をすることで、普段何気なく食べていた野菜への理解や愛着が深まってくれたらいいなと思っています。今年度は、午前中に収穫体験をして、午後には東京ガスさんの料理教室でその食材を使った料理を習うなんていう企画も実施しました。今後は、畑の土づくりから始まり、種まきや除草などの手入れ、収穫、そして食べるまで、一連の流れを体験できるような企画にもチャレンジしたいですね。
三戸 作るところから食べるところまで一貫して、という形ですね。
農家に4か月間住み込んで、作り手の思いに触れる
稲垣 ところで、そういった農家さんとのつながりは、どうやって作られたのですか?
富松 千葉県の農業生産法人に4ヶ月間ほど住みこんで、毎日違う近郊の農家さんを転々と回ってお手伝いさせていただきました。作る経験をしたというよりは、どういう想いで農家さんが作業しているのかを知ることができたと思います。ある時、農家さんに手を出してみろと言われ、手を出すと土をポンと置かれました。「ここに 1 グラムの土がある。この中に微生物が何匹いるかわかるか」と聞かれました。いわく、50億いるのだと。あとで調べたら70億くらいらしいですが、1グラムの土の中に地球1個の人口分くらい、微生物が住んでいるわけです。となると農家さんは、その微生物の世界を支配している神様みたいな存在だと私は思ったんですね。逆に、彼らがもうこんな土地は駐車場にしちゃおうと思ったら、銀河系の星ぼしが全部壊されていくみたいに土の世界が崩 れていく。そういう意味で彼らがやってることは生物学的にも化学的にもすごくクリエイティブだなと。その宇宙的なロマンにすっかりやられてしまいました(笑)。一方で、そういう世界でものづくりをしている彼らは、職人的で口下手な人も多いので、その代弁を私たちがしようと。農家さんの良さと、その想いをきちんと伝えて、ファンになってくださる人を広げながら、作る人と食べる人がお互いに顔が見えてきちんと向き合えるような形を作っていきたいという想いを培ってきたわけです。
活動の枠を広げて、「しあわせに生きる道筋」を創っていきたい
稲垣 お二人は、これから東京ガスにどんなことを期待されるでしょうか?
富松 私たちは今、保育園という場所に限ってこういう体験や食育を進めていますが、東京ガスさんとうまく連携していくことによって、場所を限らずにもっと多くの方々にそういう体験をしていただける環境を作っていきたいなという想いがあります。
エネルギーと食は密接な関係がありますし、どういう環境を作りたいか、どういう場を付加価値として提供していくかという意味では、私たちの想いとすごく近しい部分があるのかなと、シンパシーを感じております。
塚田 私自身が子供を産んで1児の母になって思うのは、「生きる力を、食育を通じて伝えられるのではないか」ということです。私の考える「生きる力」は、自分で難局を乗り越えていくとか、自分自身で考える力みたいなもので、それを子供に養ってほしいなと思うんです。親としてはもっと自由にクリエイトして、自由な発想で生きて欲しいと。畑はまさに、子供たちが遊びをどうクリエイトするのかが問われる場所だと思うので、畑とか農業といったところからアプローチしていくことは、1つの方法としてすごく未来がある仕事だなと思っているし、すごい影響力だなと思っています。けれども、なんせこの二人でやっているので、東京ガスさんの力を借りて、影響を及ぼせる対象をどんどん増やして行きたいなと思っています。このやり方が、私は子供たちが幸せになっていく道筋なんじゃないかと信じていますから。
さまざまな層で「食育」は必要とされていく
三戸 ベジリンクさんが関わっているような保育園は本当にいいですよね。一方で、小学校に入るとさらに食育体験できる環境がなくなってしまいます。保育園で広げていくことも重要ですし、他の層に対してもやっていけたらいいですよね。東京ガスも、「食育」以外に「火育」「浴育」もやっていますが、それらは子供だけに対するものではないと考えています。例えば「浴育」では私たち働いている世代こそ心身疲れているから、お風呂でこういうことをすればリラックスできますよとか、ご高齢の方だとヒートショックに気をつけましょうとか、生涯を通じてお風呂ライフを楽しんでいただく提案をしています。食育に関しても、親子で一緒に学べたりもするのではないでしょうか。
塚田 すごくそういうお声はいただきますね。私たちは独自で畑の体験ツアーを年に何回か開催しているのですが、70~80の席が毎回一瞬で埋まってしまいます。お子さんだけじゃなくて大人の方がむしろ求めているんですね。親子遠足も保育園でやらせていただくのですが、最近、すごく増えてきて、やっぱり親御さんが体験したいという感じなんです。親子遠足の動画をYoutubeで公開しているのでそれを見ていただくと、本当に皆さん良い表情をされています。
富松 農業というのはある意味不遇な仕事で、雨の日も雪の日も暑い日も一生懸命作った自分の作物が誰に食べられているか、普通はわからないんです。そして値段が暴落すると、売っても赤字だから畑で全部潰さなければいけない。一生懸命何ヶ月もかけて作ったものを自分で潰すってそんな辛いことないですよね。ですから、ウチは年間で値段を決めて農家さんから買うようにしています。農家さんの収入がきちんと確保され、しかも誰が食べてくれるかわかるような関係作りをしているわけです。
三戸 農家さんにとっても、お客さまにとってもプラスになるというのがすごくいいですね。
人のつながりを「ずっと」大事に、この活動を「もっと」広げて
稲垣 最後に、『あなたとずっと 今日よりもっと』という弊社のコーポレートメッセージになぞらえて、お二人が「ずっと」守っていきたいことと、「もっと」こういうことをやりたい、ということを教えていただいてよろしいでしょうか。
塚田 私たちはとにかく人と人とのつながり、農家さんと子供たちのつながり、各ご家庭のつながりといったものを「ずっと」大事にしていきたいなと思っています。人間関係といいますか、血の通ったサービスというものは守り続けていきたいし、お客様に対してもここまで支えてくれた農家さんに対しても守らなくてはいけないものだと、すごく責任を感じているところです。そして、新しく「もっと」というところでは、とにかくこの活動をどんどん広げていって、幸せに生きる力をつけさせてあげることができたらいいなと。それが個人的にも会社としてもミッションだと思っています。
富松 私も同じ想いがあるのと、もう一つは農業も守りたいなという気持ちがあります。今農業従事者の平均年齢は68歳で、1990年頃490万戸あった農家が、2015年頃には216万戸、現在は200万戸切る勢いで、かなり減っています。きちんと作られた日本の美味しい野菜を食べられなくなるという未来は意外に間近なんです。ですから今、農家が生きられるようにどうやって一緒に手を組んでやっていくかが非常に大事なポイントになります。食べてもらう人たちを増やすと同時に、それによって支えられる方が増えていけば、もっといい社会が持続していくと思うので、そこは頑張っていきたいですね。
稲垣 すごく「想い」があって素晴らしいなと思います。東京ガスとしても同じような「想い」を抱いているものが多くいますので、これからも一緒に取り組ませていただければと思います。引き続き、よろしくお願いいたします。
株式会社ベジリンク
2008年に都心と農地を人と人で繋ぐために創業。「生産者の顔が見える、のその先へ」をキーワードに、生産の現場と消費との新しい関係を結ぶ取り組みを提供 している。現在は関東250以上の保育園と連携をし、提携産地の食材供給と食育活動を展開しており、食×教育の分野において新しい価値を創造している。https://vege-link.com/shokuiku/index.html
つかださちよ | |
代表取締役 | 塚田祥世氏(写真中央右) |
とみまつとしひこ | |
取締役 | 富松俊彦氏(写真中央左) |